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過去の成功を手放し 新しい自分を育てる
過去の成功を手放し 新しい自分を育てる

失敗をやめるより、成功を手放す方が難しい

新しいものを入れるには余白がいる

アンラーニングという言葉があります。かつて自分を成功へ導いた思考の枠組み、長年慣れ親しんだ行動パターン、愛用してきた道具を意図的に見直し、新しい学びを受け入れる余白をつくることです。

過去の経験をすべて忘れることではありません。今も役立つものを残し、役目を終えたものを手放し、新しい環境に合う考え方や方法を学び直します。

失敗した方法なら、やめることはそれほど難しくありません。意外に手放しにくいのは、かつて成功した方法です。その方法には、努力、自信、周囲からの評価が結びついているからです。


瞬間湯沸かし器に反対した母

昭和時代の昔話ですが、私の母は、家に瞬間湯沸かし器を取り付ける話が出たとき、反対しました。今から考えれば、お湯を使うたびに沸かす手間が減る便利な設備です。それでも、長年続けてきた暮らし方を変えることには抵抗があったのでしょう。

慣れた方法には、単なる手順以上のものが含まれています。その昔ながらの手のかかる方法で家族を支えてきたという誇り、失敗せずにできるという安心、自分の役割を果たしているという感覚です。

新しい方法を勧める側は、便利さを説明するだけでは足りません。

古い方法が、その人をどのように支えてきたかを理解する必要があります。

手放すとは、「今まで間違っていた」と認めることではない、と信じてもらえないと喜んで前に進めないのです。


次の世代の新しい働き方に腹が立つ理由

夫婦とも医師のカップルいて、夫が育児休業を取る。現在では、仕事と家庭を両立するための望ましい選択として語られることが増えました。

しかし、その話を聞いて不快感を示した女性医師がいました。彼女は、周囲の支援が乏しい時代に、仕事を続けながら子育ての大半を一人で担ってきた頑張り屋さんでした。

新しい働き方を認めることが、自分の過去の努力を「必要のない我慢だった」と否定するように感じられたのかもしれません。

男性中心の環境で生き抜いた女性が、後から来る女性へ厳しく接したり、支援に否定的になったりする現象は、「女王バチ症候群」と呼ばれることがあります。ただし、これは女性個人を責めるための言葉ではありません。少ない席を競い、弱さを見せず、既存の男性中心社会の基準に適応しなければならなかった組織構造も背景にあります。

過去の努力が認められていない痛みを抱えたままでは、次の世代の変化を、自分の生き方への否定として受け取ってしまいがちになります。


過去の自分を承認してから 次へ渡す

必要なのは、「あの苦労には意味がなかった」と切り捨てることではありません。

あの環境の中で、私はよく頑張った。支援がない中で工夫し、仕事を続けた。その努力には価値があった。同時に、次の世代が同じ苦労を繰り返す必要はない。

この二つは両立します。

自分の経験を、後輩へ同じ苦労を課す理由ではなく、制度や文化を改善する知恵へ変える。

そのとき、過去の努力は否定されるのではなく、次の世代を支える力へ変わります。


40年分の電子顕微鏡資料を捨てた日

大学を退職するとき、私は40年間に蓄積した電子顕微鏡の資料を廃棄しなければなりませんでした。

電子顕微鏡は高価で大きな設備です。大学という研究環境を離れれば、それまでと同じ形で研究を続けることはできません。

写真フィルムや組織標本を廃棄しながら、私は初めて、「電子顕微鏡を使う研究者としての自分は、ここで終わるのだ」と実感しました。

長年育ててきたアイデンティティを失うようで、少し動揺しました。

医学研究者であることは、仕事の一つというだけではなく、私が自分が何もの、と捉える時の大切な枠組みだったからです。

けれども、なくなったのは設備と役割でした。

研究を通して得た知識、問いを見つける力、複雑なことを整理する力、人へ伝える力まで失ったわけではありません。


教育コンテンツを届ける新しい自分

私は動画配信という新しい手段を使い、教育コンテンツを届ける活動を始めました。

最初から自信を持って「配信者です」と言えたわけではありません。

動画の撮影や編集を学び、少しずつ発信を重ねる中で、新しいアイデンティティが育ってきました。

大学の研究設備は使えなくなっても、40年間に学んだことを次の人へ渡すことはできます。

以前とは違う道具を使い、以前とは違う相手へ届けられます。今では、この活動が私の大きな生きがいになっています。

アイデンティティは、一度決めたものを永久に守ることではありません。

これまでの経験を持ったまま、環境に合わせて更新できます。


手術室を離れて見つけた次の目標

外科医として長く働き、多くの実績を積み上げたある方は、手術室を離れた後、遠隔医療の仕組みをつくるという新しい目標を見つけ、生き生きと活動しています。

手術そのものをしなくなっても、現場を深く知る力、患者さんを思う気持ち、医療を改善しようとする意志は残ります。それらを別の方法で生かせば、新しい役割をつくることができます。

研究者も臨床医も、いつか設備や現場を離れる日が来ます。

その日を過度に不安に思う必要はありませんが、今のうちから「この肩書や場所がなくても残る自分」を、心の片隅で考えておくことは役に立つと思います。

実は私は大学を退職する3年前くらいから教育コンテンツの動画配信を少しずつ始めていました。

その経験がなかったら電子顕微鏡を失った後の自分の姿を探すのにもっと苦労したかもしれません。


役割のない自分にも価値がある

江戸から明治への転換期には、武士が刀や髷という身分の象徴を手放し、新しい社会の中で生き方を探しました。社会変革の痛みと個人のキャリア転換を単純に比べることはできません。それでも、人は長く自分を支えた象徴を失った後にも、新しい役割をつくれるという点では、励まされるものがあります。

最も大切なのは、研究者や臨床医でなくなっても、自分は大切な人間だと感じられることです。肩書、設備、業績は価値を表す一部であって、その人の価値のすべてではありません。

次の肩書を急いで決める必要もありません。転換期には、失ったものを惜しむ時間も必要です。そのうえで、役割を越えて残る強みと、これから誰に何を渡したいかを考えます。


コーチングは、アイデンティティが揺れる時期に、過去を整理し、まだ形のない次の自分を言葉にするための伴走ができます。


新しい自分を育てる三つの問い

1.      あなたをここまで成功へ導いた一方で、今の環境には合わなくなっている考え方や方法は何ですか。

2.      現在の肩書、職場、設備がなくなっても、あなたの中に残る強みは何ですか。

3.      次の自分のために、何を手放し、どんな新しい役割や学びを迎えたいですか。


過去の自分より輝く次の自分は、過去を否定した先ではなく、過去から受け取ったものを別の形で生かすところから始まります。

まず一つ、役目を終えた成功法則へ「ありがとう」と伝え、次の学びが入る小さな余白をつくってみませんか。


臨床40年、教授10年の経験とコーチングの視点から、忙しい医療者が自分の軸と強みを見つめ直し、よりよいキャリアを選ぶためのメッセージを週3回お届けしています。

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傾聴から組織は変わり始める
傾聴から組織は変わり始める

正しいことを伝えるだけでは動かない

部下や学生の行動に問題があると感じたとき、私たちは問題点を指摘し、正解を示して、納得させようとします。

管理職や教育者には、ルールと責任を伝える役割があるからです。

しかし、こちらが正しいことを話しているのに、相手には届かないことがあります。

相手にも、その人なりの事情や論理があります。

こちらには言い訳に見える言葉の奥に、不安や守りたいものが隠れていることもあります。

そのとき必要なのは、さらに強く説明することではなく、いったん相手が見ている世界をしっかり理解しようとすることだと思います。


学生と教員の間で聴き続けた

大学の卒後臨床研修センター長を務めていた頃、地域枠で入学した学生や研修医の進路の相談に関わりました。

大学には地域医療へ貢献する使命があります。一方、学生・研修医には一人ひとりの人生と、個人的な希望があります。

入学時には地域医療への強い思いがあっても、卒業する頃には気持ちが変わっている人もいました。

地域枠学生が他の施設で研修することに不満をもつ教員と、将来を自分で選びたい学生との間で、難しい調整が必要でした。

私の方に画期的な解決方法があったわけではありません。私ができたのは、学生の言い分と教員側の主張を、時間をかけて聴くことでした。双方が何を恐れ、何を守ろうとしているのかが見えてくると、少しずつ着地点を探せるようになります。

若い人材の将来をできるだけ無駄にせず、同時に大学の責任も考える。そのための土台が傾聴でした。


ここで思い出すのが、「オレンジの寓話」です。

1個のオレンジを巡って、姉と弟が激しく言い争っていました。

母親は公平に分けようと、オレンジを半分ずつ二人に渡しました。

ところが、姉が欲しかったのは、ケーキの香りづけに使う「皮」。

弟が欲しかったのは、ジュースにするための「実」でした。

もし二人が最初に、

「なぜオレンジが欲しいのか」

を話していれば、姉は皮を、弟は実を、それぞれ1個分受け取ることができました。

表面的な主張だけを聞けば、「半分ずつ」が公平に見えます。

しかし、その奥にある目的や本当に必要としているものを聴けば、双方がより満足できる解決策が見つかることがあります。


正しさを伝える前に、まず理解する。

対話は、そこから始まります。

 

最初から本音が聞けるとは限らない 


ある管理職の方が、別の部門から異動してきたスタッフから、周囲のスタッフに対する不満を聞きました。

しかし、話を聞いていて、それだけではないように感じたそうです。

そこで改めて時間をつくり、急いで結論を出さずに話を聴きました。

すると、その方が本当に納得できずにいたのは、自分の処遇についてだったことが分かりました。

処遇への不満を直接口にすることには、ためらいがあったのでしょう。

その言葉にしにくい思いが、周囲への不満として表れていたようです。

お金、職位、資格、評価など、自分の利害に関わる本音は、簡単には語れないものです。

語られた言葉を大切に受け止めながら、表情や声の調子にも関心を向け、

「ほかにも気になっていることはありませんか」

「本当は、どうなれば納得できそうですか」

と、安心して話せる時間をつくることが必要なのだと思います。

 

学生が自分で答えを見つけた

現在、私はオンラインサロンや無料セミナーで、コーチングの知識やスキルをお伝えしています。

すると、周囲から実践の報告を聞くようになりました。

ある大学教員は、実習中につらくなり泣き出した学生の話を、急かさず丁寧に聴きました。

何をしたくてこの大学へ入ったのかを尋ね、本人の言葉が出てくるのを待ったそうです。

学生は話しているうちに、自分がやりたかったことに気づきました。表情が変わり、もう一度実習へ参加できるようになったといいます。教員が答えを与えたのではありません。学生が、自分の中にあった答えを言葉にできるよう支えたのです。


傾聴の輪が広がる

別の大学教員は、実習に来た学生へ「どんな医師になりたいの」と声をかけています。

また、私が面談で傾聴を実践した後の部下の変化を見て、コーチングの力を感じ、同じスクールで学び始めた医師もいました。

一人が傾聴を始めると、聴いてもらった人が別の人の話を聴くようになります。

実践を見た人が、自分も学んでみようと思うこともあります。

組織文化を変えるには制度も重要です。

しかし、最初の変化は、一人が目の前の一人を丁寧に聴くことから始まるのかもしれません。


傾聴を体系的に学んで実践する

私はコーチングスクールで傾聴を学ぶ前は、自己流で周囲の人の話を聞いていました。

長く不満を訴えていた患者さんの話を丁寧に聴いたところ、次第に希望を語ってくださるようになった、印象深い経験もありました。

ただし当時は、なぜ対話が変化したのかを十分に振り返ることができず、実践は散発的なものでした。

傾聴を体系的に学んでからは、相手の言葉を待つこと、評価や助言を急がないことなど、意識すべき点が明確になりました。

対話の後に自分の聴き方を振り返り、次の改善につなげることもできます。

自己流で実践していた頃より、傾聴の力を着実に育てられるようになったと感じています。

 

傾聴の輪を広げるための三つの問い

1. 最近、相手を理解しようとして丁寧に聴けた場面はありましたか。 

2. あなたの周囲に、聴き方のお手本にしたい人はいますか。 

3. 今日、誰の話を、助言や評価を急がずに聴いてみますか。

 

傾聴は特別な面談だけで使うものではありません。

診療、教育、会議、家庭での短い会話にも使えます。

まず今日、目の前の一人を理解しようとして聴く。そこから、人と組織の変化が始まります。


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コーチングで傾聴を学ぶと人と話すのが怖くなくなります
コーチングで傾聴を学ぶと人と話すのが怖くなくなります

会話は自分を評価される場だと思っていた

あなたは誰かと話すとき、「何か気の利いたことを言わなければ」と焦ることはありませんか。

コーチングを学ぶ前の私は、会話の相手に面白いと思ってもらえなければ、つまらない人だと思われるのではないか、という不安がありました。

沈黙が生まれると、自分の責任のように感じていたのです。

そのため、人と会うことは楽しい一方で、どこか緊張を伴うものでした。

自分のテンションを上げ、ノリよく乗り切ろうとさえしていたと思います。


傾聴を学んで気づいたこと

ところがコーチングを学ぶ中で、私は傾聴という基本的な技術を知りました。

相手の話を遮らず、評価を急がず、相手が何を感じ、何を大切にしているのかに関心を向けます。

実践してみると、驚くほど単純なことに気づきました。

私が面白い話をしなくても、相手は自分の話を丁寧に聴いてもらうことで喜んでくれるのです。

対話は、自分の価値を証明する場ではありません。

相手の世界を見せてもらう時間だと考えられるようになり、人と話すことへのハードルがかなり下がりました。


インタビューで起きるうれしい脱線

私はYouTubeチャンネルで動画配信するために、時々、現役や引退後の大学教員や医師の方々へインタビューしています。

その際に、全体の流れは最初に同意を得ておき、いくつかの質問項目を用意して事前に相手と共有しています。

そして動画収録が始まると・・・、いつの間にか私はコーチングの傾聴モードになっていたようです。

最近の動画を見てくれた友人から言われました。

私の中には、以前のような、気の利いたコメントを言わなくては、というプレッシャーはありません。

相手の言葉の中で気になったことを尋ね、もっと聴きたいという気持ちで受け止めていると、「少し脱線するけれど、もうちょっと話していいですか」と言われることもあります。

その脱線から、学生時代の苦い思い出、予想外の展開になった企画、普段はあまり語ることの無かった思いなど、予定していなかった話が広がります。

私も楽しく、視聴者にとっても、その人の魅力が伝わる動画としてお届けできていると思います。

よいインタビューをつくるのは、気の利いた質問とは限りません。

少なくとも、私の場合は。

「あなたの話を本当に聴きたい」という姿勢なのだと思います。


相手が話し終わる前に助言を挟まない

相手が話し終わる前に評価や助言をしないことです。

相手が話している途中で、「私にも似た経験がある」と自分の話へ移してしまうと、会話の主役が入れ替わります。

自分の意見を言ってはいけないのではありません。

まず十分に聴いて、相手の気持ちを受け止めてから伝える。

その順番が、人間関係をより良くします。

相手が自分の困りごとを話している途中で、「そんなの、気にすることないよ」と言ってしまうと、言われた方は、(あなたが言うところの)『気にする必要の無いこと』でくよくよしていた自分が否定された気持ちになります。

 

傾聴は自分のためにもなる

傾聴は、相手を支援するための技術だと思われがちです。

しかし私にとって最初の大きな効果は、自分自身の気持ちが楽になったことでした。

会話を盛り上げなくてもよい。

すぐに正解を言わなくてもよい。

沈黙があれば、相手の言葉が出てくるのを待てばよい。

「相手の沈黙も聞く」という言葉があります。

そう考えられると、人に会って話すときの緊張が和らぎます。

また、相手を十分に理解しないまま反応してしまうことも減ります。

傾聴によって、話す側だけでなく聴く側も、人間関係の重荷から解放されるのです。


今週試したい三つの問い

1. 会話中、相手の話を聴きながら、次に自分が話すことを考えていませんか。

2. 結論や助言を急がず、もう少し話を聴いてみたい相手は誰ですか。

3. その人が大切にしていることを知るために、どんな「問い」をかけますか。


大きな技術は必要ありません。

今週一度だけ、助言も自分の体験談も少し横に置き、相手の話を最後まで聴いてみてください。

話し上手でなくても、良い人間関係はつくれます。


臨床40年、教授10年の経験とコーチングの視点から、忙しい医療者が自分の軸と人間関係を整えるメッセージを週3回お届けしています。

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