意見が対立する人の間で何ができる?|傾聴から組織は変わり始める

正しいことを伝えるだけでは動かない
部下や学生の行動に問題があると感じたとき、私たちは問題点を指摘し、正解を示して、納得させようとします。
管理職や教育者には、ルールと責任を伝える役割があるからです。
しかし、こちらが正しいことを話しているのに、相手には届かないことがあります。
相手にも、その人なりの事情や論理があります。
こちらには言い訳に見える言葉の奥に、不安や守りたいものが隠れていることもあります。
そのとき必要なのは、さらに強く説明することではなく、いったん相手が見ている世界をしっかり理解しようとすることだと思います。
学生と教員の間で聴き続けた
大学の卒後臨床研修センター長を務めていた頃、地域枠で入学した学生や研修医の進路の相談に関わりました。
大学には地域医療へ貢献する使命があります。一方、学生・研修医には一人ひとりの人生と、個人的な希望があります。
入学時には地域医療への強い思いがあっても、卒業する頃には気持ちが変わっている人もいました。
地域枠学生が他の施設で研修することに不満をもつ教員と、将来を自分で選びたい学生との間で、難しい調整が必要でした。
私の方に画期的な解決方法があったわけではありません。私ができたのは、学生の言い分と教員側の主張を、時間をかけて聴くことでした。双方が何を恐れ、何を守ろうとしているのかが見えてくると、少しずつ着地点を探せるようになります。
若い人材の将来をできるだけ無駄にせず、同時に大学の責任も考える。そのための土台が傾聴でした。
ここで思い出すのが、「オレンジの寓話」です。
1個のオレンジを巡って、姉と弟が激しく言い争っていました。
母親は公平に分けようと、オレンジを半分ずつ二人に渡しました。
ところが、姉が欲しかったのは、ケーキの香りづけに使う「皮」。
弟が欲しかったのは、ジュースにするための「実」でした。
もし二人が最初に、
「なぜオレンジが欲しいのか」
を話していれば、姉は皮を、弟は実を、それぞれ1個分受け取ることができました。
表面的な主張だけを聞けば、「半分ずつ」が公平に見えます。
しかし、その奥にある目的や本当に必要としているものを聴けば、双方がより満足できる解決策が見つかることがあります。
正しさを伝える前に、まず理解する。
対話は、そこから始まります。
最初から本音が聞けるとは限らない
ある管理職の方が、別の部門から異動してきたスタッフから、周囲のスタッフに対する不満を聞きました。
しかし、話を聞いていて、それだけではないように感じたそうです。
そこで改めて時間をつくり、急いで結論を出さずに話を聴きました。
すると、その方が本当に納得できずにいたのは、自分の処遇についてだったことが分かりました。
処遇への不満を直接口にすることには、ためらいがあったのでしょう。
その言葉にしにくい思いが、周囲への不満として表れていたようです。
お金、職位、資格、評価など、自分の利害に関わる本音は、簡単には語れないものです。
語られた言葉を大切に受け止めながら、表情や声の調子にも関心を向け、
「ほかにも気になっていることはありませんか」
「本当は、どうなれば納得できそうですか」
と、安心して話せる時間をつくることが必要なのだと思います。
学生が自分で答えを見つけた
現在、私はオンラインサロンや無料セミナーで、コーチングの知識やスキルをお伝えしています。
すると、周囲から実践の報告を聞くようになりました。
ある大学教員は、実習中につらくなり泣き出した学生の話を、急かさず丁寧に聴きました。
何をしたくてこの大学へ入ったのかを尋ね、本人の言葉が出てくるのを待ったそうです。
学生は話しているうちに、自分がやりたかったことに気づきました。表情が変わり、もう一度実習へ参加できるようになったといいます。教員が答えを与えたのではありません。学生が、自分の中にあった答えを言葉にできるよう支えたのです。
傾聴の輪が広がる
別の大学教員は、実習に来た学生へ「どんな医師になりたいの」と声をかけています。
また、私が面談で傾聴を実践した後の部下の変化を見て、コーチングの力を感じ、同じスクールで学び始めた医師もいました。
一人が傾聴を始めると、聴いてもらった人が別の人の話を聴くようになります。
実践を見た人が、自分も学んでみようと思うこともあります。
組織文化を変えるには制度も重要です。
しかし、最初の変化は、一人が目の前の一人を丁寧に聴くことから始まるのかもしれません。
傾聴を体系的に学んで実践する
私はコーチングスクールで傾聴を学ぶ前は、自己流で周囲の人の話を聞いていました。
長く不満を訴えていた患者さんの話を丁寧に聴いたところ、次第に希望を語ってくださるようになった、印象深い経験もありました。
ただし当時は、なぜ対話が変化したのかを十分に振り返ることができず、実践は散発的なものでした。
傾聴を体系的に学んでからは、相手の言葉を待つこと、評価や助言を急がないことなど、意識すべき点が明確になりました。
対話の後に自分の聴き方を振り返り、次の改善につなげることもできます。
自己流で実践していた頃より、傾聴の力を着実に育てられるようになったと感じています。
傾聴の輪を広げるための三つの問い
1. 最近、相手を理解しようとして丁寧に聴けた場面はありましたか。
2. あなたの周囲に、聴き方のお手本にしたい人はいますか。
3. 今日、誰の話を、助言や評価を急がずに聴いてみますか。
傾聴は特別な面談だけで使うものではありません。
診療、教育、会議、家庭での短い会話にも使えます。
まず今日、目の前の一人を理解しようとして聴く。そこから、人と組織の変化が始まります。
臨床40年、教授10年の経験とコーチングの視点から、忙しい医療者が対話とリーダーシップを育てるメッセージを週3回お届けしています。



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