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変えないことにもコストがある

 現状維持バイアスから1ミリ外へ
現状維持バイアスから1ミリ外へ

同じ年代の、私のよく知るある人が、別の都市にセカンドハウスとして賃貸マンションを借りました。

驚いたのは、セカンドハウスを持ったことではありません。

「別の街にも暮らしの拠点をつくろう」と決めてから、物件探し、契約、必要な物の購入、室内の整備まで、わずか二か月ほどでやり遂げた、その行動の速さでした。


その様子を見ながら、私は気づきました。

私は仕事に関する新しいシステムの導入には比較的すぐに動ける一方で、暮らしを大きく変えることには、思っていた以上に慎重になっていました。


「長男・長女として育ったから」「保守的な家庭だったから」など、なかなか動き出さない理由を探そうと思えば、いくらでも見つかります。

でも、同じ時間を使うなら、できない理由を探し続けることではなく、現状から1ミリ外へ出るために使った方がよいのではないか。そんなことを考えました。


現状維持バイアスは、誰にでもある

人は、今の状態に不満があっても、変化に伴う不確実さや手間を大きく感じると、「とりあえず今のままで」と考えやすくなります。これが現状維持バイアスです。

ただし、これは人の性格を一言で決めるものではありません。住まいを変えることには慎重でも、仕事上の新しい技術には積極的な人がいます。その逆もあります。

大切なのは、「自分はいま、どの領域で現状維持を選びやすくなっているのか」に気づくことです。

また、現状維持そのものが悪いわけでもありません。

特に医療では、新しい技術や仕組みを導入する前に、安全性、正確性、守秘義務への配慮を十分に確認する必要があります。慎重さは、専門職として欠かせない態度です。

けれども、十分に検討したうえで今までの方法を選ぶことと、検討する前から「今までどおりでよい」と退けてしまうことは違います。

後者の背景には、現状維持バイアスがあるのではないでしょうか。


変えないことにも、見えにくいコストがある

現状維持の一番大きな問題は、「変えないことによる損失」が見えにくいことです。

新しい仕組みを導入すれば、覚える手間や初期のトラブルはすぐに目に入ります。

一方、導入しなかったために失った時間や機会は、数字に表れにくいため、見過ごされがちです。

例えば、適切な範囲でAIや自動化を早めに試していれば、定型業務に使う時間を減らし、新しい技術を学んだり、後輩と対話したりする時間をつくれたかもしれません。

外注、テンプレート化、タスクシフトを一つ試すだけでも、忙しさの構造は変わる可能性があります。


私が町内会の役員をしていたとき、自治体の補助金で購入した自治会館のガスコンロについて、設置した証拠写真の提出を求められました。最初は、写真を印刷して町役場へ持参するように言われました。何度かやり取りをした結果、スマートフォンで撮った写真をメールに添付すればよいことになりました。

小さな出来事ですが、「従来の方法を続けること」が、利用する人にも担当する人にも手間を増やしている例だと感じました。

このことと関連があるのかどうかは不明ですが、最近、私の住む町では「書かない窓口」と称して、住民票などの申請手続きのペーパーレス化が始まりました。町民にとっても窓口業務をする方にとっても良い方向に進んでくれて嬉しいです。


リーダーに必要な、新しいものに対する姿勢

新しい技術や製品が広がる過程を説明するイノベーター理論では、新しいものをすぐに採用する人もいれば、ある程度普及してから取り入れる人、最後まで慎重な人もいると考えます。

リーダーが、いつも最初に新しいものに飛びつく必要はありません。必要なのは、新しいものを無条件に拒まず、情報を集め、安全な範囲で小さく試し、結果を見て判断する姿勢です。

新しい仕組みをすでに使っている人とつながり、失敗例も含めて教えてもらうことも、変化のリスクを下げてくれます。


現状維持バイアスから抜け出す三つの問い

1.   変えないことで、半年後に失っているものは何でしょうか。

2.   失敗しても元に戻せる、小さな実験は何でしょうか。

3.   すでに実践している人から、何を教えてもらえますか。


例えばAIなら、まず、守秘義務に触れない一つの定型作業で試す。

業務分担なら、一つの仕事だけ人に頼んでみる。

新しい会議方法なら、一回だけ試行して振り返る。

変化は、大きな決断でなくても始められます。


今日の一歩「できない理由」が浮かんだとき、それを責める必要はありません。ただ、「これは現状維持バイアスかもしれない」と気づき、変えないコストも一緒に見てみましょう。大きく変えなくてよい。現状から一ミリ外へ。


臨床40年、教授10年の経験とコーチングの視点から、忙しい医療者が自分の軸や強みを見つめ直し、より良いキャリアを選ぶためのメッセージを週3回お届けしています。

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