答えが出ないときは 考える位置を変えてみる
立場を変えると 見える世界が変わる

正しさと分かりやすさは同じではない
先日、ソウルの地下鉄の駅で、金浦国際空港までの切符を買おうとしました。
券売機を日本語表示にしたのですが、それらしい駅名が見つかりません。
英語表示へ切り替えると「Gimpo International Airport」が見つかり、同じ運賃の日本語表示である「キンポゴンハン」が目的地だと理解できました。
後から考えると、現地の駅名の読みをカタカナで示した表記だったのでしょう。
しかし、韓国語を知らない日本人旅行者の私には、「ゴンハン」が空港を意味するとは分かりませんでした。
「金浦空港」または「キンポ空港」であれば、すぐにボタンを選べたと思います。
この経験は、情報が正確であることと、相手に伝わることは別だと教えてくれました。
表示をつくる人には分かる前提が、初めて使う人にはありません。
受け手が迷ったとき、その人の理解力を問題にする前に、受け手の位置から自分の説明を見直す必要があります。
支援する側と受ける側で違う意味合いを持つ
立場によって意味が変わるのは、表示や説明だけではありません。
善意で設けた支援制度も、受ける人からは別のものに見えることがあります。
女性医師を支援するために、女性を対象とした助教枠を用意することがあります。
制度の目的は前向きでも、上司が「十分な実力がなくても女性だから就けた」「ありがたく思うべきだ」という態度を示せば、本人のやる気、努力や実績を否定することになります。
さらに、その席から通常の昇進ルートへ戻る道が見えず、重要な仕事や意思決定から遠ざけられるなら、支援は、育児中の人などを補助的な仕事へ固定するマミートラックにつながりかねません。
問題は女性枠という仕組みの存在だけではありません。
本人の意向を聴かないこと、評価基準が曖昧なこと、次のキャリアへ進む出口がないことです。
支援が機能したかどうかは、「用意した側が満足したか」ではなく、「受けた人の選択肢と力を発揮する機会が広がったか」で確かめる必要があります。
別の役を演じてみる
医学部のワークライフバランス授業で、学生が自分とは異なる性別や立場を演じる実習をした施設の担当者の方からお話を聞きました。
育児中の医師、当直を調整する管理者、同僚、家族などの役になりきることで、学生たちは自分の位置からは見えなかった事情に気づいたそうです。
知識として「いろいろな事情がある」と理解するだけでなく、その人の椅子に座ったつもりで、何を恐れ、何を守り、何を望んでいるかを言葉にする。
そうすると、抽象的だった多様性が、具体的な生活として見えてきます。
相手の立場に立つことは、相手に全面的に同意することではありません。
自分と相手が見ている世界の違いを知った上で、どこから対話を始めるかを選ぶことです。
部下の目から自分を見てみる
コーチングで、部下に対する不満を述べる上司の方に、「部下は、あなたをどのような上司だと思っているでしょうね」と尋ねることがあります。
この問いは、部下の考えを当てるためのものではありません。
自分の言葉、表情、指示の出し方が、相手にはどう届いている可能性があるかを考えるためのものです。
「期待しているから厳しく言った」という上司の意図と、「何をしても認めてもらえない」という部下の受け止めは、同時に存在することがあります。
視点を移すと、自分の意図を繰り返すだけでは届かない理由が見えてきます。
未来の自分と親友の視点を借りる
別のクライアントさんに、「10年後の自分だったら、今、悩んでいるご自身へどんな言葉をかけますか」と尋ねたことがあります。その方は、はっきりと「そのまま突っ走れ、と言うと思います」と答え、吹っ切れた表情になりました。
未来の位置から今を見ると、目の前の失敗への恐れよりも、長い時間を通して大切にしたい方向が見えることがあります。
親友の視点も役に立ちます。同じ悩みを親友が口にしたら、自分は何と声をかけるか。
私たちは、自分には厳しすぎる結論を出しているときでも、大切な人には温かく現実的な助言ができます。
視点を変える問いは、正解を外から持ってくるものではありません。
今の感情や立場に近づきすぎて見えなくなった自分の価値観を、少し離れて見つけ直す方法です。
視点を変える五つの問い
1. 初めてこの説明を聞く人には、どこか分りにくいところはないでしょうか。
2. この支援を受ける人には、何を与えられ、何を奪われたように見えるでしょうか。
3. 相手は何を恐れ、何を守ろうとしているのでしょうか。
4. 10年後の自分は、今の自分へ何と言うでしょうか。
5. 大切な親友が同じことで悩んでいたら、どんな言葉をかけるでしょうか。
一つの位置から考え続けても答えが出ないときは、考える力が足りないのではなく、立っている場所と視点が近すぎるのかもしれません。
自分の正しさを捨てなくても構いません。
いったん別の椅子へ移り、同じ出来事を眺め直す。
それだけで、日頃のもやもやが晴れ、新しい伝え方や選択肢が見えてくることがあります。
あなたが今、別の立場から見直してみたい出来事は何ですか。
臨床40年、教授10年の経験とコーチングの視点から、忙しい医療者が対話とリーダーシップを育てるメッセージを週3回お届けしています。



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