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『自分は何者?』と思ったら、心が動いた出来事から逆算する

12 分前
読了時間: 7分
心が動いた出来事から、アイデンティティを見つけ、認め、育てる
心が動いた出来事から、アイデンティティを見つけ、認め、育てる

あなたは、もう『何者か』になっている

― 心が動いた出来事から、アイデンティティを見つけ、認め、育てる

あなたは、『私は何者なのだろう』と考えることがありますか。

長く務めた役職を離れたとき。

子育てや介護で仕事との距離ができたとき。

周囲の人の華々しい活躍を目にしたとき。

『自分は結局、何者にもなれなかったのではないか』と感じることがあるかもしれません。

けれども、自分が何者であるかは、現在の肩書だけでは決まりません。

自分でも忘れていたアイデンティティが、思いがけない出来事によって姿を現すことがあります。


友人を診た医師が正しく診断を下したたことが、なぜか自分のことのように嬉しかった

先日、友人とLINEで会話していたときのことです。

友人は、皮膚にかゆい発疹が出たため、自分なりにインターネットで原因を調べたうえで、近くの皮膚科を受診しました。

診察した女性皮膚科医は、簡潔な問診を行い、友人が桜の木のある散歩道をよく歩いていることと、皮疹の様子を手がかりに、毛虫皮膚炎と診断しました。

友人は、自分でいろいろ調べている中で思いもよらなかった原因を皮膚科医が短時間で見抜いてくれたことにいたく感心していました。

皮膚科では、皮疹の形や分布を見るだけでなく、いつ、どこで、どのような生活をしていたかという情報が診断の大切な手がかりになります。

今回も、皮膚症状と季節や生活歴を結びつける、皮膚科医らしい臨床判断だったのだと思います。

さて、その話を聞いた私は、なぜかとても嬉しくなりました。

もちろん友人の皮膚病を診断した先生とは面識がありません。

友人がしっかりした診療を受けられたことへの安堵だけでは説明できない、どこか誇らしいような気持ちでした。


診療現場を離れても、私の中には皮膚科医がいた

なぜこんなに嬉しいのだろうと考えて、気づきました。

私は現在、皮膚科医として患者さんの診療はしていません。

それでも、自分の中には『私は皮膚科医である』というアイデンティティが、今も確かに残っていたのです。

直接知らない女性皮膚科医が、患者さんの皮膚をしっかり見て、生活の背景を尋ね、正しい診断にたどり着いた。

その話によって、皮膚科医という仕事の存在意義をあらためて感じ、自分が長く関わってきた専門領域への誇りが呼び起こされたのだと思います。

アイデンティティは、『今、何をしているか』だけでは決まりません。

長く大切にしてきた価値観、身につけたもの、仲間との連帯感、心が自然に反応することの中にも存在します。

自分が思いがけず嬉しくなったとき、腹が立ったとき、誇らしく感じたとき。

そこには、自分が何を大切にし、どのような人間でありたいと思っているかが見て取れることがあります。


ロンドンで初めて意識した『日本人としての私』

若い頃、私は夫と共にロンドンに2年間研究留学しました。

それまで、自分が日本人であることを特別に意識したことはなかったと思います。

日本で暮らしていれば、それはあまりにも当たり前だったからです。

ところがロンドンでは、私が日本人だと分かると、現地の方々が日本の習慣、歴史、地理などについて、色々と質問をしてくれました。

私は、その多くに正確に答えられないことに気づきました。

『日本人なのに、自分の国のことをこんなに知らないのか』と驚き、不甲斐なくも感じました。

しかし、その経験は日本についてもっと知っておく必要があると感じさせてくれました。

自分と異なる背景を持つ人に出会ったことで、初めて『日本人としての自分』が輪郭を持ったのです。

他者から向けられた問いが、私自身を映す鏡になりました。


依頼を受けたことで見えた、教育者としての自分

最近私は、面識のなかった若手の先生から、『若手皮膚科医のために、皮膚病理について教えてほしい』とご依頼をいただきました。

私は皮膚病理診断学を長年学び、大学で後輩に教えてきました。

それでも、定年退職後の自分を『教育者』と改めて意識する機会は、そう多くはありません。

今回、若手の先生から必要とされたことで、自分の中にある教育者としてのアイデンティティを確認できました。

私が蓄積してきた知識や経験には、今も誰かに渡せる価値がある。

そのことが、とても嬉しかったのです。

自分では当たり前だと思っていることの中に、他者が価値を見つけてくれることがあります。

何を頼まれるか、何について意見を求められるかは、自分の強みや役割を教えてくれる手がかりです。


『ユーチューバーの山本先生』と呼ばれて

先日の皮膚科学会のオンライン委員会では、学会として市民へ何を発信すべきかが議題になりました。

司会をしていた委員長の先生が、私にこう問いかけました。

『ユーチューバーの山本先生、ご意見は?』

私は、はなはだこそばゆい気持ちになりました。

YouTubeで発信を続けてはいるものの、自分から堂々と『私はユーチューバーです』と言うには、まだ少し照れがあります。

けれども同時に、嬉しくもありました。

他者から見れば、私はすでに動画で医学情報やコーチングについて伝える人になっていたのです。

そこで私は、この呼び名を否定するのではなく、これから育てるアイデンティティとして受け取ろうと思いました。

名実ともに胸を張ってユーチューバーと言えるように、よりよい動画を作り、必要な人へ届けていきたい。

そう思うと、新しい目標が見えてきました。


アイデンティティ『見つけるもの』と『育てるもの』

皮膚科医としての自分は、診療を離れても私の中に残っていました。

日本人としての自分は、海外で他者から問われて初めて意識しました。

教育者としての自分は、若い先生から頼まれることで確認できました。

そしてユーチューバーとしての自分は、まだ少し照れながらも、これから育てていきたいと思っています。

アイデンティティは、一つだけとは限りません。

医師、研究者、教育者、家族の一員、地域の住民、友人、発信者。

私たちは、いくつもの自分を持っています。

また、それは固定された名札でもありません。

役職を離れても残るものがあり、新しい経験によって加わるものもあります。

大切なのは、どれか一つに自分を閉じ込めることではなく、今の自分の心に響くものを見つけ、認め、必要に応じて育て直すことです。

『自分は何者にもなれなかった』と思う人は、社会的に目立つ肩書だけを見ているのかもしれません。

心が動いた出来事、人から感謝されたこと、繰り返し頼まれることを振り返ると、すでに育ててきた自分の姿が見えてくることがあります。


自分のアイデンティティを育てる三つの問い

最近、思いがけず嬉しくなったり、誇らしく感じたりした出来事は何ですか。

その心の動きは、あなたのどのようなアイデンティティを表していますか。

そのアイデンティティを育てるために、今週どんな行動をしてみますか。

大きな行動である必要はありません。


専門分野の文献を一本読む。

昔の経験を若い人へ話す。

自分の故郷について調べる。

発信したいことを短い文章にする。


そんな小さな行動によって、自分の中の大切な役割へ時間とエネルギーを渡すことができます。

他者は、ときに自分でも忘れていた自分を映してくれます。

その姿を『そんな大したものではありません』とすぐに打ち消さず、まず受け取ってみる。

それは、自分自身を大切にすることでもあります。


今日の問い

あなたは今、どのような自分を見つけ、認め、育てたいですか。


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